暗闇の中にいます。
きみの良く知っている所。
泳ぎの得意なきみが、重い足をばたばたと無様に動かしながら、首元の鰓を押さえた刹那。
きみが、苦しいと叫んだ所。
きみが、首もとを掻きむしって、きみが、いつの間にか疲れ果てて、きみが、溺れた所。
きみが、汚らしいほどの生への執着を見せた特別な所。
ぼくは、そこにいます。
あの日銀河のほとりで、ぼくは笑って言いました。
いつでも待っている、と。
そんなぼくに、きみは。
蔑むような瞳が、ぼくの恍惚でした。
無言の責め苦が続くような、悦楽でした。
誰が。二度と。
きみの瞳はなんと強い光を放つ事でしょう。
きみは知らない、先ほどまで溺れていたその濡れた髪からしたたる雫が、ダイヤモンドより尊い事。
きみは気づいてさえも居ない、その首元に輝く鰓に。
鰓の付いたきみはぼくと共にあるべきだ。
ぼくとともに。
鰓の付いていない無能で哀しい生物など、この暗闇という場の優しさに気づかないまま死んでいくが良い。
きみは知っている筈だ、気づいている筈だ。
この底なし沼の、この深海の、蟻地獄のようなこの場所で。
ぼくと共存するための鰓を、きみが持っている事を。
一緒に潜るための、浮上を許さない、ぼくがきみの手足を引こう。
深く潜ろう。
いつでも待っているから。
# by he_loves_me | 2012-01-20 02:08 | 旅 | Trackback
左手に握ったスイッチが汗で滑る
そんなことをふと零した。
お前を見ているとこちらまで息が出来なくなる
と言った。
絨毯の上で丸まった私は所詮息をしている生物でしかないはずなのだ
ひと月ほど前に塗ったマニキュア 薄桃色の昨日の連続
そんな小さな箱におまえの大事なものが入るわけない
枯れたんだ、そうだろう
リフレイン。
ノスタルジックな刹那に震えて 絨毯の上でほくそ笑む。
あたしは恐ろしく寂しげに美しいものであるのだろうか。
誰か蹴飛ばしてくれ。
# by he_loves_me | 2011-11-27 13:06 | 日常 | Trackback
紅い鱗がぽろぽろと光る海辺
ざわめき立つ街に、死んだ目をした魚の野良猫
揺れるからだ 立ちすくむ
昨日に良く似た今日
漠然と失われようとする日暮れ
重い瞼 待ちわびる刹那
形の無い月に昨日を重ねる
冷え行くからだ 懐かしきは 蝉時雨
# by he_loves_me | 2011-11-27 12:49 | 旅 | Trackback
きみが侵されている毒に、収着して痺れる。
「ぼくは、頭のわるい子が好きなんだ。」
きみは今まで自自身を肯定しながら生きてきたのだろう。この世界で、きみを傷つけようとしようものすべてから、大事に守られた温室の薔薇。
茹だるような夏の午後、その挑戦的な日差しですらきみの体温を上げる事はできず、きみは恒常にある。うっすらと覗く首に張り付いた、肩甲骨までの髪だけが、心地の良い体勢を見つける億劫さを無言に訴える。
雨の日の白昼夢はなんだかバイオレンスだ、ときみが呟いたいつかの午後。ぼくの応えも聞かぬまま、きみは今と同じようにぼくに背を向けていた。灰色の空が出口の無い沈黙を加速させる。空のペットボトルが水滴を浮かべて床に散らばっていて、それがきみの目に映っているかどうかをぼくは知らない。
「だから、きみとぼくは永遠に平行線だ。」
きみの沈着を見ていると時々、ぼくのこの口から発せられた音は、どこを震わせているのだろうかと思う。
きみのどこを。
きみとぼくが出会ったのは、まだきみが19歳の誕生日を迎える前の事だったと思う。ぼくがほぼ毎日と言っていいほど通っていたカフェレストランでのことだ。
店内にはいつも心地よい音楽が流れている。アルバイトの女の子が、客席からは見えない、カウンターに潜むチューナーを曲毎に操作しにきている。流れる、一曲一曲に生じる温度差を客席の空気を読みながら量っているのだ。ぼくの耳に届く音楽は、いつも丁寧だった。時にはその店内にふさわしい優しい声とギターの音が心地よいサーフミュージックが流れ、時には情熱的なクラシックギターのソロが流れた。
音楽の趣味はいつ来ても素晴らしい。
そこではいつも、新鮮で美味しい野菜を使った料理と、様々な種類の外国のビールを出している。14席しかない客席の、二人掛けのテーブルにぼくはいつも一人で座る。夏から秋に掛けて、気温がぐっと下がる夜には、小さなキャンドルに火が灯り、温かいおしぼりが出てくる。
「コロナと、温野菜のグリルサラダ。」
一通り注文を終えるが、アルバイトの彼女はもうすっかりぼくの頼むものが日常化しているためぼくの席へ来る時、伝票の持参をしない。
「今日は、カジキマグロです。」
抑揚のあまり無い、どこか忍ぶような。高くも低くもない声が密やかにぼくの鼓膜を震わす。
「もうそんな時期だね。」
「ええ。ではビール、お持ちしますね。」
にっこりと笑う彼女の頬には小さな窪みが生まれて、微笑みを浮かべるだけで人に好印象を与える顔だ、と思う。顎まで及ぶ前髪は両の小さな耳に掛けられ、肩ほどまであるであろう黒髪は一つ、後ろに束ねられている。化粧は薄く、首元に金色に華奢なネックレスが揺れている。
この店の客層は高く、初めて訪れる客が看板など無い、磨りガラスの窓のついたネイビーの重厚な扉を開くのには些か勇気が必要である。かく言うぼくも、知り合いのカナダ人の紹介が無ければ縁のない店だったと思う。この店には、舌の肥えた客が多い。外国人の客に出会う確立の高さは、この京都という国際的な観光地でも類を見ないほどだ。
ぼくは丁寧な音楽が流れるのを聴き、時折外国語で交わされる会話に耳を澄まし、その静かな喧噪に紛れながら、メキシコのビールを飲み、季節の野菜を茹でて特別香ばしくグリルしたサラダに、時々フィッシュタコスを2個食べる。自家製のクリーミーなドレッシング、毎度の事ながら丁寧な仕事ぶりが伺える。
それは静かな夜だった。
ぼくは通い慣れたその道を、今まで誰ともすれ違ったことないその道を、バトワイザーの赤いライトを目印に歩いていた。いつも訪れる時間を、1時間は過ぎていた。
そこに近づくと、二つの人影に気づく。
「今日は空気が静かです。」
「せやな。月見てみ、奇麗やで。」
「今日はみんな静かにしている。」
ぼくがさらに歩を進めると、少し背の高い方、店長兼シェフの彼がぼくに気付き、
「おおきに。今日は月が奇麗やで。」
と言って笑ってから店の中に消えた。恐らくぼくの注文するメニューの支度をするのだろう。
「静かな夜。」
彼女は猫のような瞳を持っていた。深い黒と、幼子のように青く澄んだ白が象る猫の目。ぼくは突如、その柔らかい髪の中に指を潜り込ませて、その瞳と真っ直ぐに向かい合いたくなる衝動に駆られた。月に反射された、その瞳を視界わずか20センチの距離に、ふと。きみの存在を感じたいと思ったのだった。
びくっと震えてしまいそうなほどのタイミングの良さで、きみはくるりと踵を返し、ふとぼくを振り返った。
「こんばんは。」
店内に客は一人としておらず、店長も彼女も、時間を持て余していたようだった。グリルの匂いの名残もしなければ、棚に並ぶリキュールの瓶はすべて居心地良さそうに同じ方向を向いていた。彼女が一つ一つ磨き、並べたのだろう。珍しい、とぼくは思う。それは恐らく客のいないこの店の状態を指し、それに。こんばんは、と言った彼女のあの瞳。
ぼくが初めて彼女を、きみを。意識した静かな夜の事だった。
暴力の中に官能が忍ぶのか、官能の中に暴力が潜むのか。
「ぼくにはどうしようもない。」
指が震えている。と、いうか足を着けたこの地の底が震えて情熱を吹き出そうとしてまるできみの足の先を伝って体を通ってこの指の先へ行き着いたという所か。
「きみにもどうしようもない筈だ。」
恍惚としている、そんな女に手を取られ指を絡めとられ、背中はゾクゾクと震えまぶたが不規則に痺れ始める。そこは特別な空間だ。雨の日の白昼夢はバイオレンスだ、ときみが言った場所。
金色の華奢なネックレスが、窓から溢れる日差しにきらきらと反射をする。よく見ればそれはハートの形をしている。
グレーの空が出口の無い沈黙を加速させたあの日。
引かれたカーテンは空と同じグレーだ、しかしその日わたしは明かりもつけないきみのその部屋が群青に包まれている事に気づいた。きみがその群青に身を浸していた名残か。言葉もなく乱暴に引き寄せられ指を噛み声を押し殺しているわたしに容赦なくきみは歯を立てわたしの官能を煽った。
その骨張った指がわたしの首筋に回った瞬間、わたしはいままでになくどきどきしていた。きみの嫌いな、要らない言葉ばかりが頭を巡って、いつのまにか矯声を押さえるために銜えた指は、きみの嫌いな言葉を言わないための轡へと変わった。午後の湿度はその気怠い潤いをわたしに齎す事はしない。ただ、きみの与える暴力にわたしは官能の存在を皮膚を通して感じているだけだった。
「質的恍惚の存在とは」
わたしは泣いたようだ。頭の中で、こんどはニルバーナのレイプミーが流れ始めて、レイプされたりウエスされたりヘイトされたりレイプされたりそんなんでいっぱいになっちゃって無意識に目の前のきみのその少し茶色がかった瞳を覗き込んでしまった。
「無理だと言ったろう。」
きみはそう言いながらわたしの欲しい事をするから、わたしの左足が無意識を投影しカーテンを揺らし、グレーと群青の部屋に空気が生まれてきみとわたしは変化をした。
現実味の無い、と思いながら、なんとも現実的な、とも思いながら、きみの背中に爪を立てた。蹂躙する乱暴な舌はセブンスターの香りだ。ひとつまえの冬の寒い日の夜、一通りを終えたきみは徐にタバコを取り出しわたしの部屋に紫煙を満たし、それから数日感わたしはきみの存在に脅えながら、感覚の残像にぞくぞくとしながらひとり日々を過ごしたのだ。それからわたしは、わたしの空間でのきみのタバコを嫌うようになり、でもこうしてきみの唾液のなかにその匂いが潜んでいるのを感じるのはとてつもなく幸福な事だと思え、それからきっとわたしはきみ以外のセブンスターを喫煙している誰の香りを吞み込む事も無いのだという言いようの無い幸福感に似た絶望感に襲われているのだ。
むかし祖父がみやげにと、申し訳程度に尾の部分に紅の色のついた小さな魚を買ってきた。確か其処にはクッピーと書いてあって、少しばかりの藻と共にブルーと透明のガラス玉が沈んでいた。その透明の体に薄らと映る血管のような線、図鑑で調べたら確かに血管だったのだが、それがわたしには大変に薄気味悪くてたまらなかった。
それは日に透かすと更にはっきりと見えた。
人の気配のない夏の気怠い午後。
10歳のわたしが、赤いような緑のような細い線が透明な体に走るその生物を日に透かしてその不気味さにどきどきとしていた日々、誰もいないキッチンにはたくさんの日が射していた。
心地よい気怠さに、キッチンにある冷蔵庫の中の、祖母が煮出した麦茶を飲もうと横切ったそこで、わたしの両の目はなにか白濁とした物体の存在を認めた。横目に冷蔵庫を覗き、不規則に刻む心の臓の音をダイレクトに感じていた。こぽこぽと音を立て、挙げ句グラスから溢れた麦茶に目もくれず、その一瞬で汗をかいたグラスを左手に握りながら、そしてそれをゆっくり口に運びながら、音を立てないように先ほどの白濁の静寂へと歩を進めた。
白濁の正体、それを見、繰り返し認めた瞬間、ほんの1時間ほど前に食べた昼食の冷や麦が、ショウガの鼻を突く匂いとともにこみ上げてくるのを感じて、思わずシンクに手をついた。わたしの両目はそこに釘付けのままだ。
白く濁った液状に、同じく白く濁った、かつてはその身に赤と緑を映した小さな生物がぷかり浮かんでいるのを見ていた。
後ろから母に抱き寄せられるまで、わたしは夏の午後を、白濁の前で生物の終幕を見守る事によって過ごした。
10歳のわたしの手の中に収まる、小さな瓶のなかで、仕舞いには白濁とされ消え行く生物の絶望感を、わたしはひしひしと掴んだ。温度だとか湿度だとか、わたしのからだとあたまはそういった事をいつまでも覚えている質だから、あの夏の事をフラッシュバック、思い出した事はむしろ恒常であると思う。
わたしはきみの魚になろうとしている。
どんな方法でも良い。
わたしはきみの魚に成りたい。あの夏の日の小さな生物のように。赤と緑が白く濁った魚のように。
先ほど頬を濡らしていたらしい涙は渇ききっていない。湿度に滲んだ汗と混じって流れて髪をしっとりとさせた。
群青のこの部屋はあの夏の午後によく似た湿度と温度、きみとわたしが群青いろの絶望に包まれる午後。
「無理だと言ったろう。」
茶色の目がわたしを覗き込んだ。
不意にそこに映る、10歳のわたしをわたしは見た。
重ねた皮膚を通して感じている。群青に、横たわっている。きみの重みを、待っている。
あの日。
あの少し肌寒くなった初冬の夜。知っていた、きみが後ろから私のことを考えていた事を。
きみの目を見た瞬間に思った、もうどうしようもないこと、粟立った。
首に掛けられた指と、強引に押さえ込まれた骨盤、きみの身体からは、あの日の夜の匂いがした。
9月の憂鬱
# by he_loves_me | 2011-10-01 23:58 | 小説 | Trackback
明け方に目が覚めてしまった、意識だけがぼんやりと宙に浮いている。寝返りを打とうとも、カーテンの隙間から日は差し込んでいない午前4時。瞼は重くたまらないくせに眠りは再び訪れそうに無く、躊躇しながら上半身を起こす。
“暗闇”にいた。
それは確か“深夜”だ。そしてそれは、一般的な其れと比べたら大変殺伐としている六畳の自室で起こっているのか、自身の意識という次元で起こっているのかわからない。17歳の彼女が、ゆっくりと言葉を、まるで原稿が用意されていて、それを一言一句なぞるかの様に、それらを慎重に大切に話し出した。
「それは夢なのか現実なのかわからない。
私は確かに、“深夜”の“暗闇”の中にいて、そのときが来ると、“何か”によって息をすることが難しくなる。呼吸は速く、浅く。次第に体温が下がるのを感じる。枕もとの煙草を探りたいのに、腕は上がらない。」
ふっと小さく息を吐いた、彼女は私の指先に視線を落とした。睫毛が影を落とす。
「やがて空が白んで、ベッドの中でまるまって震えるままに“私”が戻ってくる。恐る恐る腕を伸ばして、無造作に煙草を銜えて。すると、行方など気にせず周りに溶けるはずの紫煙が、とぐろを巻いて空間を侵していく気がして。
それは後を引くの。きっと“私”の細胞の核の影から少しずつ、本当に少しずつ私を侵しているんだわ。」
それは物理的な何かではない、と彼女は言った。それには行き場がない、と言った。これを私が抱えるのは必然である、彼女は空を見ながら言った。
「それが“あなた”を満たすの?」
「そう。今、熔解をしているのだと思う。」
多分、そう彼女は付け足した。別に理解してもらおうとは思っていない、とも。
「きっとこの話を聞いた世の中の99パーセントの人間が、同情やら奇異に対する軽蔑やらを孕んだ目で私を見るのよ。」
多分、彼女はそう付け足した。まだ誰にも話したことはないけれど、とも。
「海を見ていた。特筆すべきような美点のある光景ではなかったと思う。」
彼女の話は続いた。
“それ”の存在に気付いてから、彼女が人と接する頻度は少なくなった。言葉も至極交わさず、外に出る機会すら減っていった。“彼女”はどこにいても一人だったけれど、“それ”の存在が大きくなればなるほど、“彼女”は更に独りになった。
「私ね、海に行くの。」
「海?」
「ええ、海。」
「一人で?」
「ええ、一人で。」
そう、彼女はきょとんとした顔で。一人で、と言った。
その一瞬は永遠で、その暗闇は本物だった。
先ほどまでの瞳は消えた。彼女の話は、幾分物理的に、軸はさしてぶれない中を行ったりきたりしていたように思う。それはつまり一般的に会話の時に交わされる話の内容であったのだろうと思う。それは相槌を不要とするものだった。彼女はまるで一人で話しているようだ。それは今朝の朝食であり、天気であり、趣味の話であった。それが数分続いたように思う。ここはどこなのだろうか、“彼女”は誰なのだろうか。
ゆっくりとポケットに忍ばせた煙草を手に取った。
「吸ってもいい?」
肯定も否定もせぬまま、急に彼女が、波に呑まれたときの話をしてあげる、と笑った。サーフィンって意外と危険なのよ、と。あなたが居ることに今気付いた、という具合に。あなたはまるで最高の話し相手だ、というような笑顔を浮かべながら。
私は口に銜えた煙草に火をつけた。そして彼女の次の言葉を待った。
「とにかく全身の力を抜くの。波に吐き出されるの、待つのよ。
絶対に、無理をしてはいけない、と誰かに言われたのを思い出すわ、いつも。頭の片隅で。
でもね・・・。」
再び彼女の睫毛が影を落とするのを見る。
「“それ” が邪魔するのよ。なにからなにまでを。」
どうやら視線は私の指先を見ているのではないらしい。何も、見ていないようだ。そして、先ほどまでの無邪気な一面は影を潜めたようで、また彼女の淡々とした語り口調が再開されたようだった。つい数分までの彼女と、まるで違う。
「私、海にいる間も“暗闇”にいることができるの。」
これも誰にも話したことないのだけれど、“私”と“それ”が熔解している話はしたわよね?覚えている?
“暗闇”の話をしようと思う、と彼女は言った。
「波に呑まれたときね、全力で力を抜かなくてはならないの。砂浜から、波に飲まれている光景を見る分にはまるで一瞬なのよ、波の中に居る時間的なものはね。実際、実質はほんの何秒かくらいなんだけれど。それにしても、波のパワーってすごいの。どちらが上か下かわからないぐらいになって、体が八方に引き千切られるような気分になるの。
そして、その一瞬は永遠のように感じるわ。
一度、ひどく体が言うことを聞かなくて、私は全力で力を抜かなかったことがあるの。」
そこで彼女は一息を吐いた。
しばらく間を空けた後、“私”はどうやら救われたらしい、と彼女が言った。どうやら水に漬かっていない、が、髪が水に濡れておでこに纏わり付いているのが睫毛の隙間から見えた、と。日の光の下に居たし、鼻を付くのは潮の臭いとココナツのような、砂浜の独特の匂いだった、と。
私ね、右手を動かそうとしたの、でも、指の第一関節すらもが微動だにしなかった。いま、この泥のように徐々に砂に埋もれいきそうな錆色の身体の主導権を握るのはどうやら“私”という意識ではないらしいようだと気付いたの。
其の時、私は極度の酸欠状態に陥っている、共に至極の快楽を味わっている。
一度本当に死んでしまえばいいのよ、獣のそれのように、“何か”が叫ぶ様に言った。
あなたは私があなたのことをどれほど大切に思っているか知る術も持たない、と。
私はとても悲しい、悔しい、なんと愚かな事か。私はすぐにわかった、“私”が全力で力を抜けなかった理由が、“それ”の仕業だと。
「酸欠状態になるとね、ブラックアウトと呼ばれる状態に陥るの。」
「ブラックアウト?」
つまり意識を失うこと、ね。
私は暗闇で“それ”の姿を見た。
“深夜”のそれと同じかどうかはわからない。
「私、やっぱり一人だった。」
「え?」
「そのとき。」
波に呑まれる瞬間も、呑まれている間も、日の元で回復している間も。
「正直怖かったの。」
「何が?」
「自分の体がいうことを聞かない位に消耗して、まさに瀕死状態、そんなときにね、
私は気持ちが良かった。
そう思ってしまったことが、怖かった。」
彼女の視線が止まった。どうやら私の表情を見ているらしい。私?私。
「それからこっそり、私は海に足繁く通った。時たま大きい波が来たときは、意気揚々と向かった。そしてよく“それ”を感じた。わざと自分を追い詰めるの。生と死の際どいところで。」
病気かも知れない、彼女は笑った。
そんなことない、と言えなかった。
「ねえ、絶望の淵って見たことある?」
彼女が、窓の外を見た。どうやら私たちは今、室内にいるらしい。窓の外を見れば、夜だということに気付くことができた。それも相当に。この部屋には時計がない。
「行きましょう、」
どこへ、とも聞かず私は彼女の後を着いていく。少し歩けば、そこに“海”があった。暗闇のことなのでよくわからないが、確かに海だった。特筆すべき様な素晴らしい光景ではないと思う。
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# by he_loves_me | 2011-09-30 02:11 | 小説 | Trackback
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